お菓子づくりの本を読むのが好きな少女でした。見たこともないお菓子を眺めながら、「どんな味がするんだろう?」という無邪気な興味とともに、「どうやってつくるんだろう?」という好奇心も同時に芽生えていました。お菓子づくりをはじめたら、2人の弟やおばあちゃんが「おいしい」といってよろこんで食べてくれました。両親との関係が希薄だった私にとって、自分自身を認めてもらうことだったのかもしれません。社会に出て、「奥様」や「ママ」、「シングルマザー」と呼ばれ方が変わっても、お菓子をつくるのは、子どもの頃と同じ「違 克美」であることを証明する私自身のアイデンティティ(identity)でもありました。
小学校からお菓子づくりに熱中するようになりましたが、お菓子づくりだけをしていたわけではありません。小学生でYMOに目覚めてロックを知り、高校でバンドを組んでいた私は、レコードジャケットからアートにも目覚め、デザイナーになることを夢見て美大を目指していました。いわゆる‶ものわかりのいい娘″ではなかったと思いますが、自己表現やモノづくりに愛情を注いだ青春時代は、今の私をつくる大きな財産です。お菓子づくりはバンドや絵を描くことに似ていると思っています。私自身が食材から得た感動(emotion)それをコンフィチュールやお菓子に変えていくことは、私自身の感性から生みだされるものであり創作(クリエイティブ)であるのです。
コンフィチュリエ(コンフィチュール職人)として10年、その時間は「旅するコンフィチュール」の歴史と重なります。季節の果実と向き合い、どうしたら手にしている果実のポテンシャルを出して、果実以上に果実らしいコンフィールにすることができるかを考え続け鍋の前に立ち続けた10年間でした。しかし、次の10年は私は鍋の前から離れてもいいと思っています。アルチザン(職人)として、手を動かしてモノをつくることに喜びを感じてきた人生から前に進み、アルチザンとして得た知識や経験をもとにモノを創造(creative)するクリエイターとして活動していきたいと思っています。
「旅するコンフィチュール」は、かつて駐在員の妻として渡ったベルギーでの経験がもとになっています。ベルギーとフランスを往来していたなかで、フランス菓子とフランスの果実の魅力にどっぷりつかった時間が、私の大きな財産になっています。たとえば、フランスと日本の果物は、多くの人がいうように明らかに違う。味が濃くてパンチがあるのは、気候や湿度が違うのとともにフランス人の味覚が違う、つまりゴールが違うのです。私が知った海外のおいしさは、私に日本とは違う感性を与えてくれました。もちろん生産者から届いた果実でつくったコンフィチュールを大切な人に渡す。循環の姿もまた、旅(travel)を現わしていると思うのです。
生き物たちに食べられることで種を遠くに運ぶ果実(fruit)は、生物を惹きつける魅力をもともと備えているようです。私も実った果実のかわいらしい見た目は、大きな魅力のひとつだと感じています。食材としては、生でも食べてもおいしいのはもちろん、加工してさらにおいしくなりますし、コンフィチュールのように長期保存できるのも特徴です。とくに私は「香り」に果実のポテンシャルを感じています。そしてその香りは、加熱をすることでより香り高く立ち上ってきます。加熱は人類が最初に手にした食の知恵でもあります。私が果実クリエイターを名乗るのは、こうした自然界に生きる人間の営みの根源に触れ続けたいという思いがあるからです。